2014年12月30日火曜日

インドから届く、村の人たちのアツい想い

これまで、日常生活で使える事実質問を紹介してきましたが、
現場では実際にどのように使われているのでしょうか。
今回は、ムラのミライの活動地であるインドの例をご紹介します。

村の人たちが、ため池の管理や植林について学ぶため、
他の地方まで視察研修に行ったときのことです。
研修に参加した村の人たちが、現地のNGO職員に質問します。


植林現場は、参加者達が山で行う植林とは違って平地で行われており、等間隔で苗木が育っている。3年前に植えたという木はすでに人の背丈ほどにもなっている。
「この木は何の木ですか?」
「野生の蚕が住みつくための木です」
「どこから苗木を手に入れましたか?」
「私達(NGO)からの支援です」
「1年目に植えたということですが、2年目は何をしたのですか?」
「枯れてしまったり根付かなかった苗木を植えかえる作業をしました」
「その苗木はどこから?」
「私達(NGO)からの支援です」
「今年は何をしましたか?」
「新たに苗木を植えたり、苗木と苗木の間に豆類を植えたりしました」
「それは、どこから手に入れましたか?」
「私達(NGO)からの支援です」
「村の人たちは、いつまで、NGOに頼っていかねばならないのですか?」
「・・・・・」
声を失くすNGOスタッフと、とまどった顔の相手の村の人達。




20078月にムラのミライと活動を初めてかれこれ7年。
自分たちが活動で得てきた経験や知識をもとに、
村のことを考えて行動するようになりました。
「かっこいい村を増やしたい」という強い意志のもと、
彼らは、今まさに指導員として新たな一歩を踏み出そうとしています。

ご協力のほど、どうぞ宜しくお願い致します。

(2014年度インターン 山下)

2014年12月23日火曜日

相手からの質問こそ、ビッグチャンス

相手の思い込みではなく事実を聞きだす手法として、これまで事実質問を紹介してきました。この事実質問を使ってやりとりをしていると、相手から逆に質問をされることがあります。それまで質問することばかりに意識を向けていただけに、返せなくなってしまうこともあるかもしれません。しかし、事実質問におけるポイントさえ押さえていれば、相手から質問を受けたこの状況も、相手に気付きを促すチャンスへと変わります。

相手から質問された場合、出来る限り簡潔に要点のみをまとめて返答しなければなりません。特に相手の質問が思い込みを含む場合、正面からその質問に答えてしまうと空中戦に突入してしまいます。事実質問で相手に尋ねるときと同様、注意して返答するようにしましょう。

答えにくい質問で尋ねられたときこそ、ビッグチャンス到来です。
その状況をふたつの場合に分けて、以下詳しく見ていきましょう。

まずひとつめ、それまでのやりとりに相手が納得していない、分かりにくさを感じている場合。この場合、あなたに再度説明するチャンスが訪れたことになります。それまでのやりとりが少しあやふやで、相手にしっかりと伝わっていなかったのでしょう。それまでのやりとりを素直に振り返り、相手とのやりとりを再出発させましょう。

そしてふたつめ、相手の質問が明確でなかったり、そもそもの流れを相手が勘違いしてしまっている場合。この場合こそ、相手の質問を逆手にとり、相手に気付きを促すことができるチャンスです。質問のずれを生じさせた原因を探り、答え方を工夫しましょう。

書籍『途上国の人々との話し方』より、ひとつ例をご紹介します。
実際にあった例ではなく、「私」が研修で課題としておこなったロールプレイの一場面です。

私「A団体では、井戸掘りボランティアの話のようなパターンを避けるために、プロジェクトを持たずに村に入るようスタッフやボランティアに強く指導している。ボランティアたち一行も、それに従って、特定の課題を用意せず、白紙の状態で村人と話しあうつもりで臨もうとした。ところが村の入り口に着くや否や、彼らの姿を見つけた村人数人が寄ってきて、『A団体の方ですね。あなたたちは、この村でいったいどんなプログラムをやってくれるのですか』と機先を制する質問を投げかけてきたのである。そこで問題。こんなとき、あなたはどのように対応するか」
研修生たちからは「いや、私たちは村のことを学ぶために来たのであって、何か決まった援助をするために来たのではありません」など、ありきたりでとても通用しないようなアイデアしか出てこなかった。
私「もしもこれが和田さんであったら、次のように対応したに違いありません。『ほー、これは素晴らしい。プログラムですか。これまで、この村にはどんなプログラムが入ってきたか、教えてくださいませんか』」

これに対してその村人が明確に答えられなかったとすれば、それは、その村人がプログラムについてイメージを持っていないにも関わらず、プログラムを求めているということ。そのことに本人が気付くようにことを運んだら、ひとまずその話は打ち切ることができる。その上で、そこから仕切りなおせばいい。
逆に、プログラムについて明確な例を挙げることができたのであれば、今度はそれについてこちらから事実質問をつなげながら、相手の経験分析の作業を手助けすればいい。インフラであれば、今も役に立っているかどうかが分かるような質問をしていく。「あんまり役に立っていないな」ということになったのであれば、冗談めかして「私たちにもそんなプログラムをしてほしいのですか」とでも応じれば、そこから仕切り直すことが可能になるだろう。

相手からの質問は「私はこう思う」という意見でもあります。意見の中に含まれた思い込みを突いてあげることで、気付きを促すことができるのですね。


2014年度インターン 山下)

2014年12月16日火曜日

「事実質問」に隠された思い込み

私たちが使っているメタファシリテーション(対話型ファシリテーション)手法は、「事実質問に始まり事実質問に終わる」ことは皆さんご存知の通りです。では、事実質問の対極に位置する質問をどう呼ぶか、覚えておいでですか?

そう、「思い込み質問」でしたよね。その典型が、「朝ごはんは『いつも』何を食べますか?」というような一般化された質問で、本人は事実を聞いているつもりでも、実際には、相手の思い込みを誘発する可能性が高い。だから私たちは、「いつもは」ではなくて、「いつ」「どこで」「何を」と聞いて行く必要があるわけです。

では、ここでひとつ質問です。

対話型ファシリテーション講座で、参加者のひとりが、他の参加者が首にかけてあるネックレスを指して、「これはどこで買ったのですか?」と尋ねたのですが、これは事実質問と言えるでしょうか?

これは形の上では確かに「事実質問」なのですが、実際は「思い込み質問」になるのです。というのも、その質問は、「このネックレスはどこかで買ったものに違いない」という前提で、言い換えれば、聞き手の側のそのような思い込みに基づいてなされているからです。もしかしたらそれは誰かにもらったものかもしれないのです。

これは援助関係者が村に行って「問題は何ですか?」と聞くのと同じ構造です。つまり「あなたたちは何か問題を持っているに違いない」という思い込みに基づいているわけです。この質問をされた村人は、その次には「何か問題があるようだったら、私たちが援助してあげますから欲しいものを言って下さい」という言葉が来るのを察します。すると「問題は何ですか」という質問は「何が欲しいですか」という意味に受け取られてしまいます。こちらは相手の問題を聞いているのに、相手からは「欲しいもの=おねだり」リストしか出て来ないのはそのためなのです。

ネックレスの場合であっても、思い込み質問に対して相手は必ず違和感を持つはずで、それは対話の深まりを妨げる要因として機能します。思い込み質問にならないためには、「これは何ですか」⇒「ネックレスです」⇒「それは、ご自分で買われたのですか?」という質問をして、相手が「はい」と答えたところで、「どこで」「いつ」「いくらで」というように聞き込んで行くわけです。

メタファシリテーションの極意は、単なる事実質問ではなく、思い込みを排した簡単な事実質問にあるというのはこういうことです。そう考えるならば、事実質問の練習の場は、日常のどこにでも見出せるに違いありません。「仮説を立てる」ことや「気付きを促す」ことなど小賢しいことは考えないで、まずは正しい事実質問ができるように心がけることです。千里の道も一歩から、というわけですね。



(ムラのミライ共同代表 中田豊一)

2014年12月9日火曜日

事実で紐解く「近代化」

会議やミーティングの場において、誰しもが経験したことのないことに対して議論しようとすると簡単に空中戦に突入してしまいます。経験が全てというわけではありませんが、自分は知っていると勘違いしてしまうことは非常に恐ろしいことです。今回は、中田がインドネシアでコミュニティ開発に携わる人々を相手に、実際に行った研修の記録からご紹介します。

「近代化は産業化、産業化の主役は企業」
中田 「私たちの社会で今、起こっていることを一言で言えば、何と言い表せるだろうか。つまり私たちが今現在舞台としている「最大のコンテクスト」は、いったい何だろうか。」
研修生 ??(研修員一同、首を傾げる)
中田 「皆さんの中で、いわゆる先進国に行ったことのある者は、手を挙げてみて。」

研修員の半分ほどが手を挙げる。どこに行ったかを尋ねてみると、そのうちの半分ほどが日本。さらには、イギリス、アメリカ、オランダなどに行った経験を持っている。

中田 「では、それらの国とインドネシアの村落社会との違いは何だろう。海外に行ったことのない者は、ジャカルタと君たちの町や村を比べてみてもいい。」

研修員からは「ビルが多い。インフラが立派。人々が忙しそう…」などなど色々出てくる。そうしているうちに、ひとりから「とても近代化されている」という発言が出てくる。

中田 「そう。ひとことで言えば、近代化の度合いが違うと表すことができる。では、「近代化」とは一体何だろうか。定義はいろいろだが、これもまた日本とインドネシアの違いを考えてみれば明らかになる。ちなみに、この会場の外を見てみよう。通りは、日本であふれているのだが、それは何だろう(註-「近代化」という概念が出てきたわけだが、その定義を考えさせてはいけない。空中戦に入る。ここではもう一度、参加者の注意を目に見えるものに引き戻すよう努めた)。

研修生 「トヨタ!」

中田 「そう、インドネシアでは行く先々、道あるところすべて日本の車が走っている。スーパーに行けば、日用品から電化製品まで日本のものが限りなく置いてある。パナソニックやソニーだけではない。花王のシャンプーや大塚製薬のスポーツ飲料などが町の雑貨屋の棚に並んでいる。ところで、トヨタやソニーとは何だろうか。それらは、どんな組織か。」

研修生 「会社。」

中田 「そのとおり。会社、企業である。では、インドネシアにも、トヨタやソニーのような企業が存在するだろうか。」

研修生 「国内の企業としては大きな規模のものが、ジャカルタあたりにはたくさんあるが、日本や欧米やあるいは韓国の大企業とは比べものにならない。全然強くない。競争できない。」

中田 「先進国は、先進工業国とも言われるように、工業を中心とした産業が著しく発達していて、その主役は企業である。したがって、途上国と先進国の違いは、つまるところ、強い企業があるかどうかに集約されている。つまり、先進国と途上国の近代化の度合いの違いを最も雄弁に物語るのが、企業の発達の度合いである。」

その場にいる大半の人があまり理解できていない問題を扱う場合、イメージのみで話を進めないよう気をつけなければなりません。自ら直接経験していないことをいかに理解するか、というのがメタファシリテーションの真髄なのです。

このやりとりのあと、中田は「村社会における近代化」へと話を進めます。続きは書籍『途上国の人々との話し方』をご覧ください。



2014年度インターン 山下)

2014年10月14日火曜日

基準は何ですか?

私(實方)が現場で少しずつ研修を任さられるようになって、事実質問の中で特に気を付けなければならないと実感したのは「何(what)」の使い方です。「これは何ですか?」の質問に代表されるように、「何」を使った質問は事実を聞く出すために非常に有効な質問になります。一方で、「何(What)が問題ですか?」のように、それが事実のようにみえて、相手の考えを聞いてしまうこともあります。


以前、ある村で種の保管に関してのルールをまとめる研修がありました。村人たちが各家庭から種を持ち寄り、保管に適した種を選んで保管庫で管理して、今後必要に応じて種の貸し借りを行います。この種の貸し借りのシステム(種子銀行またはシードバンク)を整備することで、村人たちは外部からの現金調達をすることなく、必要な種を村の中で賄うことを目指しています。村人たちは、種の収集、管理、貸付、回収、という一連の流れに関するルールづくりを行いました。村人たちは、私たちより遥かにすぐれた農業の知識と経験を持っています。私たちの役割は、その経験をルールとして定める手助けをすることです。

この研修で、あるスタッフが、「種選びの基準は何ですか?」と村人たちに尋ねました。

すると、村人たちは、色や大きさなどといういくつかの項目をあげました。このやりとりを聞いていた私は、「基準は何ですか?」という質問で聞けるのは知識であり、私たちが聞くべきなのは経験のほうだと判断しました。

そこで私は「種を選ぶ作業で何をしましたか?」という質問をしました。

このときの狙いは、知識だけではなく自らの経験に基づいて「保管に適した種」の選び方を明確にすることです。その質問に対して、村人たちは「大きすぎる種と小さすぎる種は除いた。」というように、具体的な経験を話してくれました。そして、そういった経験がそのまま種選びのルールとして適用されました。


 答えだけは聞けばさほど違いの見えない場合も、「知識」を聞くのと「経験」を聞くのとでは、その意味合いが全く異なります。質問を事実・考え・感情の三種類に分ければ、知識は考えであり、経験は事実です。つまり、人に何かを思い出させるためには、知識ではなく経験を聞く必要があります。そして、「何(what)」という言葉は、使い方次第で知識を聞く質問にもなれば、経験を聞く質問になります。今回は「何(what)」ですが、おそらくこのように事実を聞いているようで、考えを聞いてしまう質問もあるように感じます。今後も、この一見変わらないように見えても、意味が大きく違う質問に気を配りながらファシリテーションスキルを高めていきたいと思います。




(インド事務所駐在員 實方博章

2014年10月7日火曜日

「そのワンピース可愛いね」が大切なわけ

簡単な事実質問を重ねながら相手の課題分析を手助けする際、事実質問の内容にばかり気を取られ、「いつから○○したんだ」「誰と○○したんだ」等と、どうしても刑事ドラマのワンシーンのようになってしまうことがあります。場合によっては、あまりの圧迫感から相手に不快感を与えてしまうかもしれません。

今回紹介するポイントはそうした状況を避けて、どうやって話を切り出すのか、そしてどうやってセルフエスティームを上げるか、悩んだときに使える尋ね方です。

「セルフエスティームが上がるエントリーポイントを探す=持ち物について尋ねる」

事実質問それ自体は、それほど複雑な技術ではありません。相手の返してくれた答えに対して事実のみを繰り返し聞いていきます。ひとつの事象に関していくつもの事実質問が可能なので、きちんと意識さえすればいつまでも続けることが出来ます。

肝心なのはその入り口です。単刀直入に課題に関する質問をするのではなく、まずは相手の心を開き、信頼関係を築くのに適当であると思われる話の入り口を見つけることが大切なのです。代表的な例が「服装」や「持ち物」です。相手の身の回りにあるもので、その人が実はひそかに自慢しているのではないか、拘りがあるのではないかと思えるものに目を向けます。
「そのワンピース可愛いね、どこで手に入れたの?」
最初の一言があるのとないのでは、相手の感じ方も大きく変わってきます。相手から持ち物を褒められたら悪い気はしませんよね。私の場合、嬉しさから一瞬にして心を開いてしまいます。

このように、服装や持ち物は最も簡単で効果的な話の入り口ではありますが、そこから課題へと繋がるとは限りません。そこからは有効な糸口を探して徐々に事実質問の内容を考えていきましょう。

相手の課題解決を手伝う際のファシリテーションの手順は『途上国の人々との話し方』第3部「メタファシリテーションの実践」に詳しく書いてあります。まだお読みでない方はぜひこちらをご覧ください。


2014年度インターン 山下)

2014年9月30日火曜日

課題発見後にも威力を発揮する事実質問

今回は、中田がファシリテーターを務めたJICA関西での紛争国の研修員を対象とした研修コース「紛争解決と共生社会作りのための実践的参加型コミュニティ開発手法」で、同席した私(山崎)が学んだことをご紹介します。

これまでのブログでも
何を(What)、だれが(Who)、どこで(Where)、いつ(When)、どのくらい(How many/muchといった5W1Hを用いた単純な事実質問を重ねることで、本当の課題を見つける方法を説明してきました。ただし、なぜ(Why)、どんなふうに(How)は禁句でした。

この5W1Hは、課題を発見した後、それを解決しようとするときにもとても重要となります。
すなわち、アクションプランを作成するときです。

例えば、「パンが食べたい」としましょう。(パン好きですので)
この願望を実際に行動に移すにも計画が必要です。

いつ? 今週の日曜日?
どこで? パンが美味しいと噂のあのレストラン?
だれと? 大学の友達と?

この3つの点だけでも、スケジュール帳を見て、レストランの情報を確認して、友達に連絡して、と、しなければならないことがたくさんありますね。

するべきことは果たしてこれだけでしょうか?

財布の中身と相談するのも忘れてはいけません!
いくらくらい必要なレストランなのか確認して、それが財布の中身と合っていなければ、ピクニックに計画を変更しなければならないかもしれません。

このように、私たちは計画を立てながら、日々の行動に移しています。

上の例は個人の小さな計画ですが、課題を解決するのに時間がかかる場合、また自分ひとりでは解決できない団体、グループ、コミュニティ内の課題であった場合、アクションプランの作成はより複雑になります。しかし、5W1Hを意識してアクションプランを作成することで、周りの人との協働もしやすくなるのではないでしょうか。

大切なことは、アクションプランを作成する際に

What? (行動、目的物)
Who? (責任者)
When? (スケジュール)
Where? (場所)

How much? (予算)
How many? (資源、目標、目的など)

For what? (目的、目標)

これらをできる限りはっきりさせることです。

事実質問で本当の課題を発見するのは、質問される当事者であり、外部の人間ではありません。それと同じく、アクションプランもまた、その当事者が作成しなければなりません。この5W1Hをはっきりさせたアクションプランを自分たちで作成することは、持続可能なプロジェクトの実行へと繋がります。



2014年度インターン 山﨑)

2014年9月23日火曜日

その悩み、本当に悩んでいますか?

以前、明日すぐに使える事実質問「偽事実にご用心」で、悩んでいる友人の相談に乗ってあげるときを例に、事実質問の注意点を紹介しました。

対話型ファシリテーションは、事実質問によって行われる課題解決のための技法であるため、悩みを抱えている友人の話を聞き、その問題を解決へと導くときにもかなり効果的だと言えます。今回はそのやりとりを研修で実践してみた際、研修参加者から寄せられた意見・質問をひとつピックアップしてご紹介します。

「課題の重要度がわからない」
悩んでいる友人から相談を持ちかけられ、「いつから悩んでいますか」「最近そのことで悩んだのはいつですか」などと話の核に迫ろうとします。しかしいつまでたっても問題がぼんやりしており、なかなか課題がはっきりしてこないことがあるかもしれません。

この対話型ファシリテーションにおいて重要なのは、本人に「気づいてもらう」ことで自発的に課題解決へのアクションをとるよう仕向けることです。本人の中で重要度が低い課題は、解決策がわかってもそこに向けたアクションがとりづらく、結果として以前のままということになりかねません。

本人が悩んでいる問題がどれほど解決を必要としているかを知りたい場合、以下のような質問をしてみると良いでしょう。
「その課題を解決するために何か解決策を打ったことはありますか」
「そのことを誰かに注意されたことはありますか」
悩んでいると口では言っていても解決に向けた努力をしたことがない場合、その問題はあまり日常生活に影響を与えていないのでしょう。本人としては誰かに迷惑をかけたつもりでも、周りの人から注意されたことがなければ、それは本人の勘違いかもしれません。

「君はそんなことで悩んでいるのかい?」というセリフで友人を傷つけてしまわないためにも、これらの質問を一度挟んでみてもいいかもしれませんね。



2014年度インターン 山下)

2014年9月16日火曜日

マジックのようなファシリテーション

ムラのミライ(旧称ソムニード)では、4月下旬から2ヶ月間「ReadyFor?」にてクラウドファンディングを行いました。たくさんのご支援をお寄せいただき、現在「子どもたちから始めるバグマティ川再生」プロジェクト実施に向けて準備を進めております。

今回のブログでは、以前の課外活動の際に和田が行った子どもたちとのやりとりをご紹介します。ムラのミライの研修を受けた現地の小中学校の教育担当の先生たちが、今度は子どもたちを連れてバグマティ川に向かいます。課外授業に関してはこちら(プロジェクト通信(ネパール)第7号 「モデル・レッスン始動!~慌てふためくレッスン初日~」)をご覧ください。

ひとつ目の地点での検査を終え、次の地点に移動するためバスに向かいます。初めてのキットを用いた検査に子どもたちだけでなく保護者も楽しそうにしています。そんな様子を黙って見ていた和田が「ビスタ先生、次の地点へ向けて出発する前に2分だけいいですか?」と切り出しました。※後半部に登場する「私」はネパール駐在スタッフ池崎です。

和田    「皆さん こんにちは。私の名前はWADAといいます。」
    「皆さんとお話したいので、2分だけください。」   
    「皆さんは、楽しかったですか?」
生徒    「はーい!とってもっ!!」(ニコニコ笑顔)
和田    「では、ここで皆さんが何をしたか、教えてください。」
生徒    「観察―!」
和田    「では、観察するために、何を使ったか教えてください。」
生徒    D.O.測定器!」「バケツッ」「検査キットー!」「掬い網~」「シャベル!」
口々に生徒が元気よく応える。
和田    「それだけですか?それだけじゃないでしょう?」
生徒    「掬い網!」
和田    「それはもう誰かがいいました!」
生徒    「うーん。エコバッグ?」
和田    「他には?」
生徒    「お水!」「川!」
和田    「他には?」
(中略)
しばらくして、「目!」「手!」と誰かが叫んだ。
そして「体全体!」と、ある男子学生が叫ぶ。
ワッと笑い出すクラスメート。
和田    「その通り!」
    「今、何が聞こえますか?」
    「今から1分間。目を閉じて、集中してみてください。」
    「何が聞こえるでしょうね?」
そして1分間の沈黙の時が流れた。
1分後。
和田    「何がきこえましたか?」
生徒    「川の音―!」「風の音―!」「お水の音!」「トンボの羽の音がした!」
    「コオロギの鳴き声が聞こえた!」
和田    「コオロギですか?本当に?今きこえましたか?」
    「コオロギはいつの時間帯に、どの季節に鳴き声がきこえてくる虫ですか?」
    「これは皆さんへの宿題です。また調べてきてください。」
和田    「もし自分の目でみて、耳を澄まして、実際に手で触れてみると、実に多くのことがみえてくるようになります。」
    「鼻で匂いを嗅ぐことも大事です。意識を鼻に集中して、匂いを嗅いでみてください。」「体全体を使うのです。」
和田    「皆さん、このスンダリジャルの風景を頭にしっかり記憶しましたか?
    体全体を使ってみえてきたことを、記憶してください。」
和田    「では、次にここをみてください。」
和田が皆の視線を、河岸に促した。
(中略)
移動バスへ向かう道中のこと。
ディベンドラと私は顔を見合わせた。
お互い何を思っているのか察しがつく。
    「すごかったですね。今の。」
    「観察するということがどういうことかを、子供にもおばあちゃんにもわかる言葉で、且つ楽しく説明されてしまいました。」
ディベンドラ「あれこそがソムニード流ファシリテーション。」


和田によるマジックのようなファシリテーション。つづきが気になる方はこちら(プロジェクト最新情報(ネパール)第8号 「マジシャンとファシリテーター」)をご覧ください。


(2014年度インターン 山下)

2014年9月9日火曜日

コミュニティファシリテーターの卵が思うこと ~「意識して考えるということ」~

現在ネパール駐在員として環境教育を通した街づくりプロジェクトを担当しています。

前回の「ファシリテーターのたまご体験談 「自分もまるで同じ」という気づき」2014318日発信号)では、「自分は全く何も知らないし、分かっていないし、脳みそを使ってもいないということに気がつくこと。」の大切さを痛感していることをお伝えしました。

「頭を使って考えていない」と知ることはまず一つ。
そして実際に「使っていない」状態から「使えるようになる」というのも一つ別のこと。

「意識する」という行為なくして「考える」ことは始まりません。
怠け者の私を筆頭に、大抵のヒトは「考える」ことを放棄します。なぜなら、楽だから。

考えるという行為はまず「意識する」行為から始まり、考え続けるためには、常に意識し続ける行為が伴います。その「続ける」という部分こそが多くのヒトにとって苦痛であり試練でもあるのです。
しかしその試練を乗り越えることなしに、「頭を使わない」状況から「頭を使って考えることができるようになる」状況へはたどり着けません。ムラのミライ(旧称ソムニード)流のプロのファシリテーターになるには本当の意味で「頭を使う」ことが必須であり、避けて通れない道です。

そんなことは分かっていてもなかなかできないのが、ファシリテーターの卵を名乗るこの私。「うーむ。そうか。やっぱりちょっとは考えて、自分だったらどうするかを、いっちょ真剣に(!)考えてみるのだ!」と意識的に考えてみたものの、普段考え慣れていないヒトが考えようとしても、大したことは考えられません。それがよくわかったのが、でこぼこ通信第11号「吸い込まれる落とし穴」の章でお伝えしたところです。

地元のコミュニティからの要請を受けて、ムラのミライがゴミやリサイクルに関する研修を行った時のことです。今回が初めて要請を受けての研修であり、そんな研修が私や他のネパール人スタッフにまだまだできるはずもないということで、ファシリテーター・和田(ムラのミライ共同代表:和田信明、ムラのミライ流ファシリテーションという方法論を確立した1人、)が、ファシリテーションを使った研修を行いました。

研修の前に、自分ならどうするかを考えてみました。
①自己紹介
②参加者が何をしてきたかの確認
③手軽にできるゴミ処理・リサイクル活動案のブレスト(日常的、長期的)

大したことは考えきれていません。これはもしかすると考えたことには入らないことかもしれません。


そして和田の研修が一通り終わった後に気がついたこと。

私やディベンドラが行っていたであろうこと、まさにこれが「空中戦」である。

「ゴミ」について深く考えることもなく、いきなり「さぁ、ゴミの減量のために何ができるかを皆で一緒に考えましょう!」と入ってしまうところ。一体何を「ゴミ」と呼ぶのか。資源ゴミはゴミなのか。ゴミはどこから出てきて、どこからどこまでを「ゴミ」と呼ぶのか。100年も200年前にも、或いは人類が誕生する前からいわゆる「ゴミ」はあったであろうが、なぜ今はその同じ「ゴミ」が問題となっているのだろうか。
「ゴミ問題」をなんとかしたいとざっくりいっても、一体ゴミの正体を知ることなくして、どうやってその問題を特定し、その問題に対する対処法を考えることができるであろう。
言葉の響きだけでわかったような気になってしまう。それが落とし穴である。吸い込まれるようにはまっていった罠である。


小手先で表面上のことだけに意識を向けて「考えた」ことにしても、それは「考えたこと」には微塵もなりません。相変わらず「考える」ってどういうこと?と思ってしまう自分は馬鹿なのかと少し肩が落ちたりもします。

そもそも、このように「考える」ということは、日本で教育を受けた私の身に全くついていないということなのかと思うと愕然とします。あれほど高い授業料を払って、自分への教育として投資したこともあるのに、一体自分は何を学んできたのだろうとすら思います。しかし、同時にあれやこれやと自分を慰める術は持っている私。自分もいつかできるようになるはずだと楽観視しています。


意識することと反省することが次のステップへとつながると信じて、引き続き、「自分だったらどうするか」を忘れないように意識し続け、試練を少しずつ乗り越えていきたいと思います。




(ネパール事務所駐在員 池崎翔子)

2014年8月26日火曜日

インドの山奥での活動の原点は、日本の山奥にあり。

私がムラのミライ(旧称ソムニード)に入ったのは20057月。当時はスタッフになるためのインターン期間という位置づけでしたが、この時に、ファシリテーターの世界に足を踏み入れたと言えるでしょう。ただ、自分の過去の経験を振り返ってみると、既にその世界を垣間見てたんだなぁと、後になって気づきます。

 「スターウォーズ」はエピソード1にダースベイダーの誕生秘話があるように(ちなみに、私はこのシリーズを全く観たことが無いです)、私にとってのエピソード1は、ムラのミライに入る前、長野県の山奥で始まっていました。

 私の前職は、過疎の村での廃校を利用したフリースクールと村おこしを目的にしたNPOです。そこで「農業の先生」として在職されていたのがIさん。だけど農家ではなく、50キロほど離れた町で暮らし、長年の会社勤めを辞められた後に、初めてこの村に来られたいわゆる「ヨソ者」です。

Iさんは一日中、田畑や山を村の人たちと歩き回り、畑や道端で話をする毎日。会話の中でピンとくるものを拾い上げて、話を掘り下げておられました。

 Iさんの投げかけが『事実質問』だったかどうかは、はっきりと覚えていませんが、村の60代、70代の方々は、いつも嬉々として喋っておられました。そして、絶えていた在来種の茄子を復活させようと、農家の方が自ら模索し始めたその行動を傍らで見ていて、「これってなんだか楽しい」という感覚が、私の中に染みついていったのでした。

 またある日のこと。フリースクールに在籍していた中学生が、村の農家さんとIさんに弟子入りして畑作を始めた時、「苗を買いたいからお金をちょうだい」と、事務をしていた私に手を差し出して来ました。

 「何の苗をどれだけ買うの?」「いくらするの?」と、私はとっさにIさんではなく、その子に尋ねました。その場にいたIさんも、口出しせずにただ黙っているだけ。そこからのその子の行動は、今思えば、インドの村の人たちとほぼ同じ行動でした。

 この後、Iさんから、私の取った行動に対して「エライ」と言っていただいたのです。

 でも、何がエライのか、その時には分かりませんでした。ただ、その子がIさんたちに訊きながら、そして時々愚痴をこぼしながら、汗を流している姿を見て、「こういうの、なんだか楽しい」と感じたのでした。

 この時は自分の中で消化できていなかった体験と感覚ですが、数年経った今となっては、その仕組みが分かります。

 そして、この「なんだか楽しい」という原体験を味わわせてくれて、この世界に足を踏み入れる動機を作ってくれたIさんは、私の人生の師匠の一人です。



(事務局次長/海外事業部チーフ 前川香子)

2014年8月12日火曜日

新天地セネガルでの挑戦!

現在ムラのミライ(旧称ソムニード)では、新たなプロジェクト地であるセネガルの調査を終え、プロジェクトを開始する準備を進めています。今回のブログでは、先日の聞き取り調査の際、現地カウンターパートであるIntermondesと一緒に農村で行った、養蜂に関するやり取りをご紹介します。

 和田が、村人に蜂蜜の生産サイクルに関して尋ねました。サトウキビがまだ普及していない村にとって甘味料としての蜂蜜は大変貴重な存在であり、これまで長い間伝統的な方法で養蜂が行われてきました。しかし、2007年に近代的な方法が導入され、今ではその普及が本格的に進んできていることがわかりました。

 近代的な方法に関して具体的に質問を重ねていると、数年内に養蜂箱が耐用年数を迎えてしまうのに、養蜂箱を更新するための資金の当てが今のところないことがわかりました。このままでは養蜂は続かないという課題がやり取りの中で浮かび上がったのです。

和田「どうしたらいいんですか?」
村人「それがわかったら苦労しない」
和田「今日ここにいる中で、ひとりだけどうしたらいいか知っている人がいる」
村人「・・・」(沈黙)
和田「それは・・・」
それまでリラックスしてやり取りを楽しんでいた村人たちが、ここに来て急に真剣になりました。和田はやり取りをどのように進めたのでしょうか。気になる続きはこちらプロジェクト形成調査/セネガル)。

 今、新たに動き出したセネガルでの地域づくり。「出稼ぎに行かなくても、地元の村で安心して暮らしていく」を実現するための、セネガルの初めの一歩です。
皆さん、応援よろしくお願いします。詳しくは下記リンクをご参照ください。




2014年度インターン 山下)

2014年8月5日火曜日

あえて使った、禁句の「なぜ?」

これまで、事実質問をする際には「なぜ?」を使ってはならないと、口を酸っぱくして言ってきましたが、今回はその「なぜ?」をあえて使った事例をご紹介します。
雑誌『小児看護』(へるす出版)の記事に掲載されたもので、今から20年前、中田がベトナムの農村で経験したやりとりです。

NGOの担当者は、まず村の女性の中から保健ボランティアを募り、研修を開始しました。そこでは「子どもたちが栄養不良になるのは『なぜですか?』」と彼女らにたずねます。すると、その原因は「家が貧しいこと」だと口をそろえて答えます。担当者はたずね返します。「では、あなた方の近所には、経済的には貧しいのに、子どもたちは健康で発育がよい家庭はないのでしょうか」と。女性たちは互いに確認し合った末、「村の中にそのような家が少なからずある」という結論に達しました。

担当者はさらにたずねます。「では、貧しいのに子どもの発育がいいのは、どうしてでしょうか」。女性たちはいろいろ話し合ってみましたが、はっきりした答えが出せません。「それでは、実際に一軒一軒たずねて、秘訣を教えてもらいに行きませんか」と呼びかけました。それに応じた女性たちに対してNGOは、どのような聞き取りをすれば効果的に聞き出せるかの訓練を行いました。つまり事実質問の練習です。

彼女らは、貧しいのに子どもの栄養状態がよい家庭では何をどんな風にして食べさせているかを徹底的に探りました。すると、それはサツマイモのツルであったり、小さな沢蟹やあさりであったりと、村では簡単に手に入るのに、食べるのに適さないとか小さな子どもに与えるべきでないと信じられているもので、それらをすり潰してスープにして食べさせていた家庭がほとんどでした。村の女性たちは自分たちの手で、村で手に入る「安くて栄養価の高い食品」を発見したのです。

村の女性たちによる聞き取りはまだまだ続きます。このプロジェクトを通じて、栄養不良の原因は、貧しくて食べ物がないことよりも、知識の不足から来る不適切な子どもの世話にあったことを、自分たちで発見しました。

対話型ファシリテーションの技法の中心は事実質問にあり、「なぜ」という質問は禁句と繰り返し述べてきました。しかし、この場合は、それを逆手に取りました。つまり、あえて「なぜ?」とたずねることで、相手の誤った固定観念を引き出し、それを事実質問を使って検証することで、新たな学びと気付きを引き起こすという方法を取ったわけです。

これも立派なファシリテーション技術ですね。こういった経験から学んだファシリテーションの手法を『途上国の人々との話し方』にまとめています。まだお読みでない方は、是非お読みください。

このエピソードが掲載された雑誌『小児看護』を出版している、へるす出版ウェブサイトはこちら
http://www.herusu-shuppan.co.jp/



2014年度インターン 山下)

2014年7月26日土曜日

ついつい出ちゃう伝家の宝刀-対話型ファシリテーション的日常風景

 このブログの「物の見方を養う」というカテゴリは、活動をする上で影響を受けている/受けた本や人物についてご紹介するというテーマです。そこで、今回からしばらく、私=宮下和佳の担当する記事では、今までに一緒に活動したことのある方々について書いていきます。占いに金運、恋愛運、健康運・・・などある中で、私の「一緒に働く人」運は最強!で、活動・仕事を共にしてきた人との間には、良い意味で影響を受けたエピソード満載なのです。

 今回ご紹介するのは、ムラのミライ(旧称ソムニード)の設立者で、海外プロジェクト統括・代表理事の和田信明さんです。(同じ団体の者なのでビジネスマナー通りでいくと呼び捨てになるのでしょうが、話し言葉調のブログ記事ですので、普段お呼びしている通り、以下「和田さん」と書きます。)

 さてこの和田さん、ご自分では「自分はフツーのオヤジ」で「ファシリテーションの達人ではない」と主張してらっしゃいます・・・が、皆さん、その言葉に油断してはいけません!(いえ別に油断したら刺されるわけではありませんけど。)和田さんが対話型ファシリテーションを使うのは、いわゆる途上国の農村や都市スラムといった「プロジェクト現場」だけではないのですよ。今回は、筆者の私が「あっやられたな。てへ。」となったミニミニ・エピソードをご紹介します。

 それは、私がムラのミライに入ってすぐ赴任したインドでのできごと、2010年の初夏あたりだったと記憶しています。自宅から事務所に移動する間の、ふとした瞬間の雑談です。
和田さん「和佳さんがいつも着てる、こういうシンプルなデザインのインド服、どこで買ってるの?たとえば今日来てるこれは、どこで買ったの?」
私「あ、これはですねーCMRセントラルの中にある・・・(以下、アレコレとお店の説明)」

 はい、もうみなさんおわかりですね、対話型ファシリテーションの第一歩、「セルフエスティームを上げる」というやつです。
 実際この時、私は「うわー和田さん、(インドでフツーにそのへんで買い物すると派手派手&ゴテゴテファッションになりがちな中)私がシンプルなデザインにまぁまぁこだわって買ってるのを察知して(観察した上で仮説を立てて)、そこを聞いてきたな~」と冷静に感心しつつも、「そう、がんばってマシな恰好してるんですよ、わかってくれましたね~ふっふっふ」と、悦に入ってもおりました。

 ちなみに私がそう思ったことは和田さんに言わなかったので、ご本人が意識してこういう質問をされたのかどうかは確認していません。(無意識でつい「技」が出ちゃっていたのでは・・・というのが私の推測です。)


 いずれにせよ、対話型ファシリテーションの基本中の基本の一つともいえる「セルフエスティームを上げる質問」の仕組みを、質問する側が意識していようがいまいが、質問されている側がそのことに気づいていようがいまいが、上手に使うと、ほんとにセルフエスティームが上がるんですね~~~ということを、この時実感したのでした。

(事務局長代行 宮下和佳)

2014年7月15日火曜日

いつもと違う景色が見えてくる

事実質問を使って相手に尋ねているうちに、予想もしなかった反応が返ってくることがあります。質問者は事実を聞いているだけなのに、相手が勝手に何かに気付いたり、自分で納得したり、また時には感慨深そうに思い出を語り出すこともあります。これは偶然ではなく、これこそが事実質問の持つファシリテーション力なのです。簡単な事実質問を繰り返しているうちに、このような場面に出くわし、一気に現実に迫るという感覚。今回は、この「違う景色が見えてきた」実例を中田の実践の中から紹介します。

その日、私は、バングラデシュの首都、ダッカ市内最大のスラムにいました。用事を済ませた後、スラム内の商店街の薬屋の店先に並べてある椅子に腰をかけて、一休みさせてもらいながら、店主と以下のように会話を交わしました。

私「(棚の薬品類を見回しながら)立派な店だ。失礼ですが、あなたのお店ですか」 
薬屋「そうです」(中略)
私「店は毎日開けるんですか?」 
薬屋「ええ、基本的に休みなしです」
私「今朝は何時に開けましたか?」 
薬屋「9時半ころかな」
私「今11時過ぎだから、開店から1時間半ほどですね?」
薬屋、うなずく。
私「開店から今までに、お客さん何人来たかわかります?」
薬屋「もちろん。4人来ました」
私「誰がどの薬を買っていったか、覚えてます?」
薬屋「はい、覚えてますよ」
私「何と何の薬ですか?よかったら教えてください」
薬屋「ひとりは胃薬を買っていきました。あとの3人は皆同じで、○○薬を買いました」
私「ほー、そうだったんですか。それは意外だ。で、昨日はどうでした」
薬屋「昨日も、○○薬が一番多かったですね」

さて、ここでクイズ。この○○に入るのは何だと思いますか。
4人中3人が買ったのは一体何の薬だったのでしょうか。

正解は、「筋肉痛」の緩和薬です。たぶん当たった方はいないことでしょう。かくいう私も下痢の薬か風邪薬だろうと考えていましたから。
ここに住む人々は、リキシャ漕ぎ、荷車引き、レンガ運びや道路掘りなどなど、肉体的に最も厳しい作業を日々担って働いています。体が痛みに耐え切れず、緩和薬を塗ったり飲んだりしながら、今日も仕事にでかけていくのです。そんな光景が、たったこれだけの会話から見えてきます。周りに座って私たちのやり取りを聞いていた住民とおぼしき男の一人が、「俺たちは、きつい仕事をしているからな」とつぶやくと、他の数人も感慨深げにうなずいていました。5分にも満たないやり取りでしたが、スラムの人々の生活の現実を垣間見させてもらうことができました。人々の心の奥底も、少しだけのぞくことができました。

ここでもう一度、私の質問に注意を払ってみて下さい。私が薬屋の店主にした質問のひとつひとつは、単純な事実を尋ねるだけのものでした。以前の私であれば、「ここで一番売れている薬は何ですか?」と尋ねていたに違いありません。その質問は、実は「あなたは何が一番売れていると思いますか?」という質問に等しいわけです。仮にもし店主が少し考えてから「そうだな、胃薬かな」と言ったとしても、私には事実かどうか確かめようがありませんでした。

それに対して、朝からの客はたった4人であっても彼は確実に記憶しているはずであり、その情報はまさしく事実そのものです。あやふやな全体像よりも、確実な部分を捉えるほうが、どれほど現実に近づけるかの典型的な例です。何より重要なのは、聞かれる相手は、そのような聞き手のほうをより信頼するということです。

事実質問上達には、日頃の積み重ねが欠かせません。今日から出来る練習方法は「自主学習ブログ」で紹介しています。これを読んだ皆さんも、「いつもと違う景色を見る」ためにコツコツ練習していきましょう。

このストーリーは『途上国の人々との話し方』3部「メタファシリテーションの実践」にてより詳しく説明してあります。まだ読んでいない方はぜひお読みください。


(2014年度インターン 山下)

2014年7月8日火曜日

偽事実にご用心

以前から紹介をしている事実質問ですが、
この事実質問は主に以下の2種類に分けることができます。
(1)5W1Hを尋ねる質問 ※WHY、HOW(どんな具合)は使わない
いつ、どこで、誰が、何を、といった単純な疑問詞を用いた質問
(2)YES/NOを尋ねる質問
経験(~をしたことがありますか)、知識(~を知っていますか)、
有無や存在(~がありますか)を尋ねる質問

今回は(2)YES/NOを尋ねる質問に関してみていきます。

悩んでいる友人の話を聞き、相談に乗るときのことを例に考えてみましょう。
ここで重要なのは、話を作らせず、相手自身に思い出してもらうということです。
「なぜ」と質問せずに理由を尋ねるため、まずは「一番最近その問題(課題)が起こった(顕在化した)のはいつですか?」と尋ね、5W1Hの質問で、最近のことから時系列を遡っていきます。相手も最近のことはよく覚えているため、この時点では具体的なことまでサクサク思い出すでしょう。一番最近のことがわかったら、「その前は?」という具合に過去に向かって話を進めていきます。

しばらくこれを続け、問題の大まかな姿が明らかになれば、次は一気に遡ります。
「それが一番最初に起こったときのことを覚えていますか?」
問題が最近のことで、具体的なことまで思い出せるようでしたら「それはいつですか?」「それはどこで起きましたか?」などと、先ほどと同じく5W1Hの質問で繋いでいくと良いでしょう。

しかし問題がだいぶ前から起きており、相手が上手く思い出せないようでしたら要注意です。繰り返しになりますが、大切なことは「話を作らせず、相手自身に思い出させること」です。断片的な記憶から作ったものは思い込みであり、事実ではありません。事実を聞くつもりで、相手の意見や考えを聞く質問をしてしまうことのないように、過去のことを質問するときはYES/NOで答えられる質問を使うとよいでしょう。

A「最近、寝坊の癖がひどくて困っているんだ」
B「そうなんだ、一番最近で寝坊したのはいつだい?」
A「昨日だね、一昨日の晩寝るのが遅くて…」
最近のことを始点にして、時系列を遡ります。
B「一番最初に寝坊癖に気付いたのがいつか覚えてる?」
A「詳しくは覚えていないけれど、高校のときはちゃんと早起きしていたかな」

この場合、寝坊癖に気付いたその瞬間は問題ではなく、その原因となる出来事が解決への手がかりとなります。具体的に覚えている場合には、「いつから」という答えも返してくれるはずですので、覚えているかどうかというYES/NOで答えられる質問をしましょう。

問題の当事者自身の「気付き」が、その後の「行動」へと繋がります。過去のことを「予想させる」のではなく、あくまで「思い出させる」ことが重要です。こちらから改善策を提示したい気持ちをグッとこらえ、当事者が自分で改善策を思いつくように促してあげましょう。



(2014年度インターン 山下)

2014年7月1日火曜日

ひとり事実質問

前回のブログでは事実質問の練習方法として「事実質問の観察」を紹介しました。

会議や集会といった議論が行われる場において、そのやり取りが「地上戦」なのか「空中戦」なのかを観察し、議論が「空中戦」になっている場合には「地上戦」に引き摺り降ろすためのワンフレーズを考えてみるというものでした。

いざ使ってみようとするとなかなか思うようにいかない、この事実質問。上達させるには日頃から少しずつ練習することが重要です。前回に引き続き、今回も一人で出来る練習方法を紹介します。
 
「ひとり事実質問」
今回紹介する練習方法は、名前の通り、ひとりで事実質問をするというものです。他者に事実質問をするのと同じ要領で、自分に向かって質問し、その問いに対して答えます。事実のみに則った自問自答を繰り返し行うことで、実際に自分以外の相手に対して質問するときの練習になります。
 
では、簡単な例を見ていきましょう。
「これは何ですか」
最初の質問は「これは何ですか」から始めます。
「これはペンです」
「このペンはあなたが買ったものですか」
贈り物かもしれないので、いつ買いましたかという質問は避けましょう。
「いえ、これは贈り物でもらったものです」
「いつもらいましたか」
「昨年の誕生日にもらいました」
「どなたからもらわれたのですか」
「…恋人です」

このように質問を繰り返し、そこに隠れる事実を引き出してみましょう。
最後の質問のあと、当時の恋人との淡い思い出に浸っていただいてもかまいません。

会議や集会に参加する機会があまり無い方でも、いつでもどこでも気軽に毎日取り組むことが出来ます。部屋にあるもの、身に着けているもの、何でも大丈夫です。自分の身の回りにあるものを指差し、「これは何ですか」から始めてみましょう。
 

(2014年度インターン 山下)

2014年6月10日火曜日

「いつも」では聞けない本当の「いつも」

今回は日常会話によく登場する「いつも」という言葉について考えます。
関西事務所のある神戸には、九州や四国など様々な地方からたくさん人が集まってきます。私もその一人ですし、皆さんの周りにもけっこう多いはずです。

大学生である私は、一人暮らしの話になると決まってこう聞かれます。
「…じゃあ、いつも自炊しているの?」
そして私はたいていの場合、
「そうですね、いつも自分で作っています」と返します。
一見すると他愛のないこのやり取り。皆さんも一度はしたことがあるでしょう。
しかし、実はここに大きな食い違いが生じてしまっているのです。

先ほどの例に似た質問を挙げてみます。
    「あなたは何を料理するのが好きですか」
    「あなたは昨日の晩、何を作りましたか」
どちらも先ほどの例と同じく、ごくごく普通に聞かれるものです。
まず、①の質問は「好み、感覚、感情(feeling)」を聞く質問。
そして②の質問は「事実(fact)」を聞く質問です。

それでは先ほどの「いつも自炊しているの?」という質問はどうでしょうか。
「事実」を聞いているように思われがちですが、
実は、これは「思い込み、考え、意見(perception)」を聞く質問なのです。
先ほど「いつも自炊する」と答えた私ですが、昨晩は大学の食堂で済ませたため実際に料理はしていません。このように、自分では「事実」を聞いたつもりでも、相手には「思い込み」を尋ねてしまっているのです。

日常で使いがちになる、この「思い込み」を聞く質問。
「いつも自炊しているの?」と聞くのではなく、
「昨晩は自分で作ったの?」「お昼は?」「じゃあ、一昨日の晩は?」という具合に事実質問に置き換えてみましょう。そこで初めて、その人の「いつも」がわかるはずです。

とはいえ、事実質問で質問攻めにしてしまうと、相手は尋問されているように感じるかもしれません。コミュニケーションはあくまで相互のやり取り。矢継ぎ早に質問するのではなく、相手の話に耳を傾けることも忘れないようにしましょう。


(2014年度インターン 山下)

2014年6月3日火曜日

事実質問の観察

以前ブログでも紹介した、
対話型ファシリテーションにおいて事実のみを引き出す「事実質問」。
この事実質問は主に2種類に分けることができます。
(1)いつ、どこで、誰が、何を、といった単純な疑問詞を用いた質問 ※「なぜ」は使わない
(2)経験(~をしたことがありますか)、知識(~を知っていますか)、有無や存在(~がありますか)を尋ねる質問

一見すると簡単な事実質問ですが、いざ使ってみようとするとなかなか思うようにいきません。では、上達させるにはどのような練習をすればよいのでしょうか。今回は一人で出来る練習方法を紹介します。

「事実質問の観察」
会議や集会といった議論が行われる場において、そのやり取りが「地上戦」なのか「空中戦」なのかを観察してみましょう。なお、ここでの「地上戦」とは、事実に基づいたやり取りのことで、対する「空中戦」とは両者の思い込みによるやり取りのことです。実際に目の前で行われている議論・やり取りがこのどちらなのかを考え、「空中戦」になっている場合には「地上戦」に引き摺り降ろすためのワンフレーズを考えてみましょう。

では、簡単な例を見ていきます。
ある大学で学生が映画に関する授業を受けていた時の話です。
授業をしていた映画監督に、学生が次の質問をしました。
「最近は○○な傾向の強い映画が多いと思うのですが、監督はどのように思われますか。」
その質問に対して監督は、
○○な傾向の映画は具体的に何がありますか。」と返しました。
すると学生は1本しか作品名を挙げることができませんでした。
この例において学生は事実ではなく、思い込みによる質問(空中戦)を投げかけており、監督の返した質問が議論を「地上戦」に引き戻したと言えるでしょう。

このように、日常的なやり取りにおいて、それが事実質問による「地上戦」なのか、はたまた思い込みによる「空中戦」なのかを観察することで、自分の身の周りにある事実質問に気付くことができます。さぁ、これを読んだあなたも、隣の会話に耳を傾けてみてはいかがですか。


(2014年度インターン 山下)

2014年5月27日火曜日

風景を3次元で「見る」

 あまりの自明さに、いささか気が引けるが、「見る」というのは、見ていないとできない。別の言い方をすれば、見ていないと、見えない。

 メタファシリテーションでいうところの「エントリーポイント」。「これは何ですか?」と、とりあえず対話を切り出すためのきっかけとしての問いは、当然ながら、問いかけるためのネタ、対象が必要となる。しかし、そのような対象は、都合よく話しかける相手が持っているとは限らない、あるいは、身近にあるとは限らない。むしろ、そんな都合のよいものは、ない方が多い。ではどうするか?たまたま語りかける相手が見つかるまでに、そのような「ネタ」を探しておくしかない。相手を前にして、えーと、えーととネタを探すようでは、相手が呆れるのは必定である。あるいは、しらける。ではどうすればいいのか?

1:インドネシアの南スラウェシ州のとある山の小さな村で、行き会った村人に私が最初にした質問。むろん、私がこの村を訪れたのは、このときが初めてだった。
私:あの植林はいつやったんですか?
村人:ああ、あれかね。5年前に森林局の人が来てやったんだよ。
同行していた地元のNGOの職員は、このやりとりに目を白黒させた。彼は、この村に1年以上通っていたが、その植林の存在を知らなかった。その植林は、集落の背後にある山の頂になされていた。

教訓:「見る」ときは、周囲360度のみならず、地面から空まで観察すること。つまり3次元で。

2:セネガルの中西部のカフリーヌ州のある村で。ある農家で、その家のおばさん(主婦)へ最初にした質問。むろん、私がこの村を訪れたのは、このときが初めてだった。
私:庭の奥の倉庫に積んである袋、あれは落花生ですか?
おばさん:はいな。
私:あれは、お宅の自家消費用ですか(当然商品作物とは知っていたが、一応知らないとして聞く)それとも・・・
おばさん:いえいえ、あれは、地主のもので、うちで預かっているのです。
私:とすると、あれはお宅の収穫物ではない?
おばさん:はいな。うちは、地主の畑で、落花生の季節に働くんです。
私と一緒にいた海外青年協力隊の隊員、この村に通い始めてほぼ1年。この家ともむろん馴染みだったが、倉庫にも、その中に積んであるものにも気づいていなかった。

教訓:よく見えるところにあっても、気がつかなければ、ないのと同じ。情報とは、情報と認識して初めて情報となる。

 「見る」とは、文字通り「見る」のであって、それは、つまり「見る」という行為は、目的地に向かって一歩踏み出したときから始まる。むしろ、目的地に着くまでが勝負で、着いたときには、質問の80パーセントは、実は組み立てられている。では、何を見るか?風景である。では風景とは何か?文字通り、風習も景色も、である。風景に対する感覚を研ぎ澄ます。これが、メタファシリテーション上達へのもう一つの柱。




(ムラのミライ共同代表 和田 信明)