2014年3月25日火曜日

必要なものとは、欲しいものリストではない!

今回は、インドで活動するコミュニティファシリテーターが、「村人が私たちに語っている問題は、本当の問題でない可能性がある」という仮説を立て、その検証を行った事例をご紹介します。

 1. 必要なものとは、欲しいものリストではない!
Visiting the villages
インドの季節は、hot、hotter、hottestの3つだ、という言葉をどこかで耳にしたことがあるが、4月下旬から6月にかけての約1ヶ月間は、それこそhottest の時期になる。ポガダヴァリ村(以下、ポ村)やマーミディジョーラ村(以下、マ村)でも、日陰でさえも休まる気がしないほどに日中の気温は上がり続け、汗は流れる前に蒸発する。マンゴーで喉と心を潤したいのに、今年は不作なため欲しいときに市場にない。


そんな夏真っ盛りな中、ポ村とマ村からの研修参加者たちはお互いの村を訪ねて、宿題の結果を共有しあった。宿題とは、「土壌を良くする」「水源地を涵養する」「苗床を作る」「山火事から守る」と彼らが考える活動の中身を、はてどうするか、考えるというものだった。

ポ村では、研修参加者たちがまず村全体の景観を見渡しながら、山のどこから水が流れてきて、チェックダムやため池がどこにあって、そこからどうやって畑や田んぼに水を引いているか、マ村の研修参加者たちに説明した。

そしておもむろに一行をある場所まで連れて行き、宿題で考えたことを発表した。
「この斜面に、新しく石垣を作って土砂崩れを防ごうと思うの。」
「それで、斜面の下のほうにはため池を作ってそこから水路を引くと、荒地も田んぼに使えるし、水が土壌に染込んでいって、地下水が枯れるのも防げると思うの。」
「苗床は、あそこの土地に作ればいいかなぁ、なんて考えるんだけど。」
「あそこってどこ?」と尋ねるラマラジュ(※1)。
「あの山の向こう側に、村共有の土地があるんです。だけど、あそこまで行くにも、今日はもう陽が高くなっているのでやめましょう。」といって、ずーっと先の山の端の裏側を指すポ村のオジサン。
マ村でも、村人がまずは村の土地の景観を説明して、早速山登りが始まった。
マ村は4つの集落からなっているが、その内3つは山の頂上付近にある。といっても、山は一つだけでなく、一つの集落から次の集落へ行くときは、一つの山から次の山へ、という移動になるのだ。
3つの集落からの研修生が口をそろえて訴える。
「このチェックダムの水路を直せば下流部で畑が広げられるんだ、たぶん。」
「ここに石垣を作ってため池を作れば、もっとたくさんの水がチェックダムに流れる、ハズ。」
「ここにもため池を作れば、周りの田んぼが潤う、と思う。」
そして、4つめの集落からのオジサンが不満を言う。 
「オラのとこには水が来ねえじゃねぇか」

こんな、「チキン・カレーが食べたい」「フライド・チキンも食べたい」「あと、魚のカレーも欲しいよね」という食べきれるかどうかも分からない状態、つまり、ほんとにソレが必要なのかどうかさえも分からないままの状態では、作った後で「やっぱり要りませんでした」と言うことになり、残骸が増えるだけのことになる。
「なんで、今まで作ってきたチェックダムやため池なんかが使えなくなってるのですか?」
「キョーコさん(※2)、それはですね、私たちが作ったんじゃないからです。政策の一部で、役人が勝手に作って、私たちは単に言われるままに石を運んだり土を掘ったりしただけですから。」
「でも、それだけじゃないでしょう。役人が勝手に作ったとしても、上手く使い続けられることもあるだろうし、自分たちが作っても、ほとんどダメになってるため池もあったわけだし。」
「(ある集落のため池を思い出すオジサンたち)・・・・・・・」

村全体の地形と構造物の関係や、植物や水などの自然資源の状況をまだ全体的に掴めない村の人たちは、とりあえず、あったらいいかなぁというモノを考えていた。
そして、あったらいいかなぁという理由だけでは、ムラのミライ(旧称ソムニード)だって、JICAだって、好きなようにため池やチェックダムを作る支援はできない、けれど、750万円が3つの村で使えるように予算は作ってある、ということを伝える。
750万円というニンジンがいきなり目の前にぶら下がり、興奮状態に陥ったマ村とポ村の研修生たちは、もう一度宿題を考え直します、と鼻息荒く宣言してそれぞれの村に帰っていった。

再度開かれた宿題発表の日、意気揚々と集まったマ村とポ村の発表の中身は、要約すると次のようなものになった。

『100人の村人がちょっと良い感じの食堂でチキン・カレーを食べることが必要。』
なんかヘンな智恵を付けたな、と開いた口がふさがらないラマラジュと筆者。

しかも、村でミーティングをしての結果だと言う。

それなのに、今回初めて研修にやって来たポ村の数人は、今まで何が行われてきたのか知らんなぁ、と言う。
研修を受けた後には「村のみんなで共有しました」「村のみんなで話し合いました」と言ってきた研修生たち。
一体、村のミーティングとはどのようにしているのか、「みんな」ってどれくらい?と不思議になった私たちは、研修生たちに許可をもらい、村のミーティングを訪ねてみることにした。

注意書き
※1 ラマラジュ;今年の夏は日中に停電が続くためインド人の彼もさすがにバテる。日本製のウチワは軽くてしなやかと、フィールド事務所の中ではウチワを扇いで暑さを凌ぐ努力をするが、とうとう暑さに敗北。
※2 本名、前川香子。この通信の筆者。インドに持ってきた日本のウチワが、今年の夏ほど役に立ったことはない、と密かに感動しながら、涼しい場所とマンゴーを求めてさまよった夏。

 
さて、村のミーティングでは何が話されていたのか?続きは、下記よりお読みください。
ムラのミライホームページ プロジェクトの道のり 水・森・土・人 よもやま通信(インド)第7号 「必要なものとは、欲しいものリストではない」

2014年3月18日火曜日

「自分もまるで同じ」という気づき

現在ネパール駐在員として環境教育を通した地域づくりプロジェクトを担当しています。

ネパールのプロジェクト現場で和田代表のファシリテーションを観察し、いつの日か自分も実践あるのみという修行中のわたしが、最近ようやく気がつき、これって多分大事なことなんだろうなとぼんやり思うこと。

それは、
自分は全く何も知らないし、分かっていないし、脳みそを使ってもいないということに気がつくこと。

 なぜ最近それに気がつくようになったかというところですが、プロジェクト通信を執筆しながら、「あっ」という気づきに出会ってしまったのです。それはでこぼこ通信第7号「自分たちもまるで同じ」の章でお伝えしました。

 ムラのミライの研修を欠かさず受け、今度は自分が「リソースパーソン」となり、子供たちを課外授業(モデル・レッスンと呼んでいます)に連れていくことになった中学校の環境教育担当のクマール先生。
クマール先生主導のモデル・レッスンであるべきところが、ムラのミライからの指示待ちの姿勢をガンとして崩さないクマール先生。そして、その授業にオブザーバーのつもりで参加したソムニードスタッフ(この時、たまたま、ファシリテーター和田は不在の日)が、指示待ちをするクマール先生に翻弄されてモデル・レッスンが終わってしまったのでした。

「指示待ちのクマール先生をみて、準備が甘く、考えが足りないと思っているうちに、自分たちもまるで同じではないかということに気がついた。
指示待ちの先生を前にしてその場その場で慌てふためく。
自分たちこそ、普段からプロジェクトマネージャー・和田からの指示を待ち、指示を受けて初めて動くことしかしていなかったからこそ、和田不在で自分たちの準備不足が明らかになり、そして誰も指示してくれないから慌てふためく。」

 クマール先生の動き方をみて、「なぜそれができないの?」と訝しげ(いぶかしげ)に感じて終わるのではなく、あぁ、そうか、自分も同じだったと気がつけること。まさに自分も準備不足で、ありとあらゆる場面を想定することをハナからせず、何も考えずにとりあえずモデル・レッスンに参加してみたという自分がいたこと。
この気づきがなければ、私の視線の対象は常に相手に向けられており、自分には向くことはない。思考の対象が自分に向いていなければ、自分に関する気づきは生まれない。その結果、自分の行動変化は望めないということになります。

他人の行動変化を望むなんていう偉そうなことを言う前に、まず自分の行動変化。そのためには、やはり「気づき」が必要なのですね。

 今はまだ何も知らず分からずに、「脳みそを使う」こともなく、「ちょっとは考えようよ、自分」と一人つっこみを日々いれる私ですが、少なくとも「自分はわかっていない」という認識にようやく立てたことで自分を少し認め、まだまだいけるよ自分!と思いながら、ファシリテーションを使った研修をツールとしたネパールでの地域づくりに貢献しようと思うのです。

(海外事業コーディネーター 池崎翔子 

2014年3月11日火曜日

『そこにいる人』が『参加者』になる方法


地域づくりの「主役」は誰でしょうか?そもそも、『地域づくり』とは何でしょうか?

事例の舞台は、ネパール首都カトマンズ。

ムラのミライ(旧称ソムニード)のネパール駐在員ハチ公とネパール人スタッフであるクマ公は、親分(ムラのミライ共同代表 和田信明)からプロジェクトを始めるときの心得を学んでいます。



プロジェクトが始まって、親分が最初に始めたのが、ハチ公とクマ公を叩き直すこと。
というのも、ハチ公もクマ公も、それなりにこの道(「国際協力」のお仕事)で経験を積んではきたものの、ムラのミライのお家芸である
「人をいつの間にかその気にさせる」技、
「あぁ、俺っちはこいつがやりたかったんだと、自分で何かをやり始める」技
(ムラのミライ的に申しますと、メタファシリテーション、または対話型ファシリテーションと申します)
については、残念ながらまだまだ素人。
親分としては、こいつらを早いところ何とかしないと、プロジェクトの進めようがありません。

親分「よし、ハチ公、クマ公、俺たちは、まずは学校の『環境教育』の先生たちに、バグマティ川や地元の環境のことを子どもに教えようぜ、と働きかけようと思ってるよな?で、そのために先生たちを研修するとしたら、お前たちなら、まず何をやるよ?」

ハチ公・クマ公「へっ・・・」「ええと・・・あの・・・」
親分「何おろおろしてるんだ。なんでもいいから言ってみろ」
ハチ公・クマ公「えーと・・・地域環境についての・・・」
親分「おい、『地域環境』っていったい何のことだ?お前ら、『地域環境』が何かって、10歳の子供や読み書きできない80歳のばあちゃんに説明できるか?」
ハチ公・クマ公「うっ・・・」

ちなみにこの、
「10歳の子供や80歳のばあちゃんでも分かるように説明できるか」
というのは、ムラのミライの基本的な考え方の一つなんですねぇ。

あたしらのおります「国際協力」業界では、やれ「参加型」だの「住民主体」だの、あるいは「貧困層」の「貧困削減」だの「インクルーシブな開発」だのと、きらきらしい言葉があふれていますが、じゃあこういう言葉を使って、あたしらはいったい何を言いたいのか、やりたいのか。
改めて聞かれてみると、誰も肝心の「住民」の方々には、はっきりと答えることができません。

親分曰く。
「村の10歳の子供や、80歳の字が読めないばあちゃんが納得できる言葉で説明できなければ、それはお前自身が、きちんと分かってねえってことなんだよ」。
逆に、子供やおばあちゃんが「ああ、それそれ、そういうことね、わかるわかる」という言葉で話すことができれば、それが「業界用語」で何と言うかはどうでもよくて、地域の人たちと思いを同じくして、「じゃあこれから一緒に何をしていこうか」という相談を進めることができる、ということだってわけなんです。

親分「お前らに宿題だ。『環境』『評価』『モニタリング』『マネジメント』・・・こいつらを、子供やばあちゃんにわかる言葉で言い直せるようにしておけよ」
ハチ公・クマ公「へ、へい・・・」
親分「さ、話を戻すぞ。先生たちの研修だ。まず最初の日の、最初のお題は何にする?」
ハチ公・クマ公「ええとー・・・ゴミ処理の問題・・・」「バグマティ川の汚染・・・」
親分「いきなり『今日はバグマティ川の汚染について勉強します』っていうのか?お前ら、先生たちに“講義”でもするつもりか?ムラのミライの『研修』って何か、わかってるのか?『研修』ってのは『場』なんだよ。そこにいる人が興味を持って、自分なりに考える場を作るってことなんだよ、わかってるか?みんなが自分で考え始めて、初めて『そこにいる人』が『参加者』になるんだ。『バグマティ川の汚染について勉強しましょう』って言われて、先生たちが『おっ、なんだなんだ?』って興味をひかれると思うのか?」
ハチ公・クマ公「・・・・・・・・・」
親分「しょうがねえなあ。・・・最初のトピックはな、『川』でどうだ?」
ハチ公・クマ公「はぁー」
親分「はぁーじゃねえよ(笑)。バグマティ川の話に持っていくにも、まずそもそも『川』ってなんなのか、みんなが同じレベルの理解をしなけりゃ、話が進まねえだろ?」
ハチ公・クマ公「そうか・・・なるほど・・・」
親分「で、研修始まりました、と。さあ、参加者にまず、何ていう?何を質問する?」
ハチ公・クマ公「えーーーーーーーと・・・・えーと・・・『川って何ですか?』」
親分「(笑)お前たちも懲りねえなぁ。いきなり『空中戦』してどうするんだよ?」
ハチ公・クマ公「あっ、そうか・・・」

この『空中戦』というのも、ムラのミライ流の「技」では大事な考え方です。

ムラのミライでは、『空中戦』=『事実』に基づかない(いわば頭でっかちの)コミュニケーション、『地上戦』=『事実』に基づく具体的なコミュニケーション、と位置づけ、実践的かつ具体的な行動につなげていくためには、いかなるコミュニケーションにおいても『空中戦』を避け、『地上戦』をしていかなければならない、と考えておりやす。

親分「全く、お前らも覚えが悪いな。研修の最初はな、『あなた(たち)が『川』について知っていることを、50リストアップしてください』ってのでどうだ?・・・なんで50なのか、わかるか?」
ハチ公・クマ公「えーと、50じゃなくてもいいけど、とにかくなるべくたくさんってことで・・・」
親分「まあそうだな。でもじゃあ、なんで『なるべくたくさん』じゃなくて50、って数を出したのか、わかるか?」
ハチ公・クマ公「・・・・・・」
親分「あのなぁ、人間は、『なるべくたくさん』って言われたら、10か15考えて、はいできました、おしまい、って思っちゃうもんなんだよ。でも50、って言われたら、とにかく何でもいいから、一つでも多く絞り出そうとするだろ?」
ハチ公・クマ公「ふむふむ」
親分「そうするうちにな、理屈で知ってること(『空中戦』的な知識)だけじゃ足りなくなって、どうしても自分が生で経験したことが絞り出されてくるんだよ。つまりその人なりの具体性が出てくるってわけだ。さあ、じゃあ、参加者が50とか60とか、『川』について知ってることをリストアップしましたよ、と。その次は何だ?」
ハチ公・クマ公「えっ・・・あの・・・」
親分「じゃあ、今日はここまで。明日までに、お前ら自身が『川』について知ってることを50書き出しておけ。自分でやってみると、少しはこっちの意図が実感を持ってつかめるだろうからな」

・・・という具合の特訓が何回か続き、二日か三日分の研修内容をざっくりイメージするにも、ハチ公クマ公は大苦戦でしたが、そこは親分、身内の教育にも「技」(対話型ファシリテーション)を繰り出していたんですねえ。

「50書き出しておけ」と言われたハチ公・クマ公は、それをすることで、自分が『川』について何を知っているか、逆に何を知らなかったのかを理解することになったからです。
そうすると、「あ、このことはおいら、よくわかっていなかったな。これってどういうことなんだろう」と考えるようになります。

つまり、ムラのミライの「技」の勘所というのは、相手に、『自分が何をどこまでわかっていて、何をわかっていないか』『ではこれから、何を知れば、学べばいいのか』を、「教える」のではなく「自分自身で考えるように『つついていく』」ことなんです。

・・・親分に絞られて、すこーしはムラのミライの「技」がどう相手に(この場合は自分に)作用するか、まさに実感したハチ公とクマ公ではありますが、しかし自分でこの「技」を駆使できるようになるには、まだまだ道のりは遠そうです。

ただし、これも親分に言わせれば、
「いくら理屈を勉強したってダメなんだよ。例えばこれからやる研修でな、参加者の前に立って、『あれっ、次どうしよう、何を質問したらいいんだろう??』って、頭が真っ白になる体験をしない限り、こいつは身につかないのさ。ま、これからいくらでも真っ白になる機会はつくってやるさ(ニヤリ)」

・・・ということであります・・・

(引用:ムラのミライホームページ よみがえれ、聖なる川 ~バグマティ川再生プロジェクト でこぼこ通信~ 第1号 「まずお前たちの『頭の枠組み』を変えてみろ」


人間相手のプロジェクトは、電車の時刻表ではないので、予定通り進むことは稀です。そのあたりのことを考慮して十分余裕をもった予定の組み方をしなければ人は育ちません。

では、「人が育つ」とはどういうことでしょうか?

人が育つということは、人が理解したことを実践する、つまり行動変化が起こるということです。


ポイントなのは、「教える」のではなく「自分自身で考えるように『つついていく』こと。

最初から、結論に入るのではなく、当事者自身が考える機会を持ち、「育つ」のを待つことです。


では、最初は何をお題に始めたらいいのでしょうか?

親分が「何をお題に研修をするのか?」とハチ公・クマ公に聞くと、

ハチ公・クマ公「ええとー・・・ゴミ処理の問題・・・」「バグマティ川の汚染・・・」

と答えました。すかさず親分はこう続けます。

親分「いきなり『今日はバグマティ川の汚染について勉強します』っていうのか?お前ら、先生たちに“講義”でもするつもりか?ムラのミライの『研修』って何か、わかってるのか?『研修』ってのは『場』なんだよ。そこにいる人が興味を持って、自分なりに考える場を作るってことなんだよ、わかってるか?みんなが自分で考え始めて、初めて『そこにいる人』が『参加者』になるんだ。『バグマティ川の汚染について勉強しましょう』って言われて、先生たちが『おっ、なんだなんだ?』って興味をひかれると思うのか?」

そして、まず「川」について知っていることを50書き出すというワークをハチ公・クマ公自身が
やってみるということになりました。

このように最初に、当事者が何を「理解している」のか、「理解していない」のかを知る機会を持つことはとても大切です。

また当事者に年齢のばらつきがある場合、理解してもらうボトムラインは、高齢者や子どもたちに置きます。

高齢者や子どもたちが、何が起こっているかを理解できているかが、他の人たちが理解しているという指標になるからです。

次週は、コミュニティファシリテーターとして修行中のネパール駐在員の体験談をご紹介します。


(研修担当インターン)

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詳しい解説は、『途上国の人々との話し方』345~348ページ「③パートナーシップとは、ギブ・アンド・テイクの関係:参加ゲームを避ける」をご参照下さい。

2014年3月4日火曜日

組織の問題を検証する②


  前回に引き続き、対話型ファシリテーション講座・中級編フィールド研修で学んだ質問パターンをご紹介します。





 今回は、組織の意思決定方法を検証する質問について勉強したいと思います。


 「意思決定の方法はどうなっていますか?」というような抽象的な質問は効果的ではありません。

 質問を受ける側からしたら、何を答えたらよいか分かりませんし、答えるにしても質問を受けた人の意見(思い込み)を回答しがちで、ファシリテーターもこれに対して意見(思い込み)を述べることになりかねません。

 こうなってしまうと、組織の意思決定方法に関する具体的な事実を把握することができなくなってしまいます。

 

 このように具体的な事実の分析を欠いたまま、意見(思い込み)の応酬を繰り広げることを「空中戦」といいます。

 ファシリテーターとしては、事実質問を駆使して相手と対話を繰り広げる「地上戦」を展開し、相手との間で具体的な事実についての洞察を深めていく共同作業をしなければなりません。


 具体的、具体的と何回も書きましたが、では具体的に(笑)どのように質問をしていけばよいのでしょうか?


 まず、意思決定の場面を思い出してもらう必要がありますので、次のような質問をしてみましょう。

「一番最近の会議はいつでしたか?」

「誰が参加していましたか?」

「議題は何でしたか?」

「その議題は誰が決めたのですか?」

「その人はその議題をどこで決めたのですか?」

「どのようにして決めたのですか?」


このように聞いていくと、会員が議題を提起するシステムがあるかどうかが見えてきます。例えば、全ての議題を事務局長が決めているということになると、どのようにして議題を決めているかを事務局長本人に聞かなければなりません。
 

また、次のような質問も有効でしょう。

「議題以外に何か話し合われたことがありますか?」

「それは何ですか?」

「誰が提案したのですか?」


 このように質問することで、会員が自由に発議できるのかどうかが見えてきます。

 また、議題としては取り上げられていない雑談の中にヒントが隠れていることもあるでしょう。


 大事なのは、具体的な意思決定の場面を思い起こさせることです。

 そうすると、意見に覆い隠されない生の事実が見えてくると思います。

 (2013年度インターン 藤川真之介)