2015年11月24日火曜日

ブログ記事募集 『備忘録』として使ってみてはどうだろう




ムラのミライが
「そこの、あなた!メタファシリテーションの実践例、ぜひ、ブログに書いてください!」
大募集している。

しかし、なかなか、集まらない、らしい。
どうして?←自問自答だから許して
うーん、やっぱり、文章を書くとなると、敷居が高いのかな・・・時間もかかるし・・・


ん?そもそも、実践をブログにUPするのって、だれのため?
りゃあ、成功であれ、失敗であれ、実践例がたくさん参照できたら、みんなの役に立つから!
アイディア集にもなるし、戒めにもなるし、実践のモチベーションにもなるんじゃない?

確かに。
でも、それなら、わざわざ「書く人」じゃなくて「読む人」でいいや~。

いや!ちょっと待って。
「書く人」のメリットもあるんじゃない?

それは『備忘録』として使うこと。
実践って、時間とともに忘れていくでしょ?
自分のために記録に残すっていうのは?
ひとりメタファシリにもなったりする。
「わー。記録してて気づいた。できないって思ってたけど結構できてるやん私」
しかも、誰かが読んでくれてるので、ときどきフィードバックももらえちゃうおまけつき。


どうですか?
『備忘録』としてブログに投稿してみませんか?
(ボランティア/日本語教師 吉田佐内




記事を書いてくださる方がいらっしゃいましたら、下記までEメールでお送りください。
送信先 info@muranomirai.org (担当:ムラのミライ関西事務所 宮下和佳)

2015年11月17日火曜日

ファシリテーション手法その3

以前ファシリテーション手順その2を投稿してから長い時間が経ってしまいました・・・。前回はIII: 一番最初(最近)にそれがおこったのはいつですか?時系列を組み立てる、IV 課題・問題の起点に遡るを紹介しました。いかがでしょう。ファシリテーション手法を日常生活の中に取り入れられていますか?質問をしている私(池田)も、実はあまり実践できていません・・・(あまりってどれぐらいと聞かないでください。)家族や友人に頼んで相手になってもらわねばと思っています。
では、前回に引き続きファシリテーション手法をご紹介したいと思います。

V:解決方法を探る(1):自己の類似体験の追跡にこだわる
解決方法を見つける際に有効的な質問は「同様な問題を以前にも解決したことがありますか?」です。例えば「以前も漁獲量が減ったことはありませんでしたか?もしあったとしたら、どう対処しましたか?」と問います。どこまでをもって「類似」と呼ぶことができ、相手に類似体験を思い起こさせることができるかは難しいところですが、これは場数を踏むしかありありません。先ほどの漁獲量だと「今まで飲み水が少なくなった時、どうしましたか?」と問うことで、相手は何か解決策を思いつくかもしれません。書籍「途上国の人々との話し方」に書かれている具体例をみてみましょう。

講座の受講者同士で練習した際のことだ。

受講者Cさんは、数ヵ月後にはNGOスタッフとしてラオスに赴任することになっているのだが、ラオス語の勉強がまったくはかどらないことを自分の問題として挙げた。聞き手は、しばらく聞きこんだ後、次のようなやり取りを始めた。
「他の外国語をマスターしたことはありますか?」
「英語はそこそこできます」
「学校で勉強したのですか?」
「基礎は学校ですが、会話は仕事の傍ら、独学しました」
こう答えたところで、Cさんは「英語をやった時のように、ラオス語もやればいいのだ」と気付いたのだった。傍から見れば、実に単純なことなのだが、Cさんによれば、学生時代からずっと学んできた英語とまったく新しい外国語であるラオス語を、自分の頭の中では同列に据えていななかったので、以前の経験を応用することに思いも及ばず途方にくれていた自分にきがついたということだった。

VI:解決方法を探る(2):身近な他者の類似体験に学ぶ
当事者にも類似体験がない場合、身近で同じ境遇にある人や同じ問題を持つ人がいるかどうか聞きます。もしいるのであれば、彼らの問題解決方法を聞きだし当事者の問題解決に繋げます。
ある団体が行ったベトナムでの幼児の栄養改善事業サービスを紹介した過去の記事「見落としがちな解決方法」(2015210日)を参照下さい。

今回は解決方法の探り方についてご紹介しました。類似体験の有無、問題の解決方法を思い出すという、一見単純なことのように見えますが忘れがちです。問題の起点まで遡り、整理ができたら解決方法を探るため自分や他者の類似体験を思い起こし、具体的な解決方法をみつけましょう。
では次回の最終回ではVII:相手から質問があったらチャンスだと思えVIII:結論は絶対に当事者に言わせろ!をご紹介したいと思います。

ボランティア 池田


引用 「途上国の人々との話し方」(p299305

2015年11月12日木曜日

「よ~く、よ~く、観察してみたら」

事実質問をスムーズに続けるコツのひとつに、「相手の立場に立って質問をする」というものがあります。ところが、これが私には難しく、すぐに質問が出尽くしてしまう、やり取りが行き詰まってしまう・・・ということが頻繁にあります。(むしろ、そういった撃沈体験がほとんどを占めています。)
例えば、今年春に受講したフィールド研修中に、介護に関わる人たちが集まる場づくりに取り組んでいる団体を訪問したときのこと。介護経験のある方を相手に質問の練習をしたのですが、相手が話していることの場面を想像するのが難しく、質問に詰まってしまいました。「私自身は介護なんてしたことがないし、祖父母はまだ元気で両親が介護をする姿もみたことがない。経験がないんだから想像しようがない!」と、内心、お手上げ状態でした。振り返りセッションの中で他の参加者(全員、私よりも年上)の感想を聞きながら、「結局、まだ私には人生経験が少ないから仕方がないのかなぁ。」と結論づけてしまいました。

しかし、最近ある人から、そんな状態から脱却するための大きなヒントをもらいました。
それは、話している人を、よ~く「観察する」ということです。
ヒントを得たのは、インドネシアのある村に、日本人の知人・Sさんと一緒に滞在した時のことでした。
その村には1年半ほど前から通っており、今年の10月にも休暇を取って数日間訪問しました。ただ、Sさんと一緒に滞在するのは今回が初めてでした。私は大学でインドネシア語を学んだことがあるため、村の人たちと会話をするのに、さほど困ることはありません。一方Sさんは、カタコトでのやり取りはできるものの、本人曰く「聞きたいことがいっぱいあるのに聞けな~い!」という状態だそうです。
そんなSさんが村で常にしていること、それが、「人をよく観察すること」です。
家の軒先などに集まっている村の人たちの輪に入っては、「この人とあの人は顔が似ているから、兄弟かな。」「この人とあの人はあんまり仲が良くないな。」「今この人、こういうことを言ってるんだろうな~。」などと、Sさんは常に色様々な予測を立てていると言います。そういったSさんの予測は、たいてい的中しています。また、私が彼女と一緒にいた場面でも、ほとんど通訳がいらない程に、その場でのやり取りを理解していました。
インドネシア語で質問ができない代わりに、観察力を最大限に駆使しているSさん。彼女の姿を見て痛感したこと― それは、自分が言語情報にのみ頼って、話している相手をまったく観察をしていないということでした。
もちろん、文頭の私が感じたように、自分自身が様々な経験を積み重ねて引き出しを多く持つことは、質問をするためにも重要なことだと思います。しかし、話している相手を本気で、よくよ~く観察してみると、相手が何を考えて・感じているかが何となく察しがつくようになってきます。そして、相手の気持ちになりきったり、「どんな質問なら答えやすいだろう?」という勘も冴えてくるような気がします。(まだまだ、以前よりも少しだけですが・・・。)

場所は変わって、ネパールでの出来事をご紹介します。
私は8月からネパール事務所に長期出張しているのですが、先日、ネパール人のおばちゃんとのやり取りのなかで、こんなことがありました。
以前、彼女の出身地の位置(ネパールのどの部分にあるか、カトマンズより北か南か東か西かというようなこと)について質問した際、答えてもらえずに退屈されてしまったことがありました。そこで、その時のやり取りを振り返り、彼女は「地図上で場所を捉えることには馴染みがない」ということに気がつきました。後日、彼女の喋る姿を観察してみたところ、「村をミニチュアに見立てて説明する」という方法なら話が弾むということを発見しました。そして、彼女が、家の中のテーブルや棚といった段差を見事に活用して話してくれるのに合わせて、私も身振り手振りを交えて質問をしてみました。すると、「家はこの辺りで、畑は家からこれくらい登ったところにある。家畜を離しているのはこの辺り・・・。」などと、こちらが聞いていないことまで、生き生きと語ってくれました。

「相手の立場に立って質問をする」とはこういうことかな?と、少し前進した気分になり、これからはもっともっと観察を大事にしよう!と思うのでした。




海外事業コーディネーター 近藤美沙子 (ネパール出張中)

2015年11月3日火曜日

感情的になっては事実質問はできない

先日、関西事務所のボランティアのひとりから「夫に事実質問をしようと思ったが、自分が彼に対して腹を立てていることに気がついたので、その日はやめて、翌朝、気持ちを落ち着けてからやったら、とてもいい対話ができた」という旨の話しを聞かされました。
なるほど、感情的になっていては事実質問などできるはずがありません。私が家族、特に妻に対して事実質問しようと思ったのにうまくいかなかった時は、すでに相手が感情的になっていて、私もそれに呼応してつい感情的になっていたからだということに、おかげさまで気付くことができました。事実質問を組み立てるためには、脳みそをフル回転させなくてはならないのですが、心が感情に支配されていては思考と観察に集中できないのは当たり前です。
相手が身近であるほど、そしてその課題なりトピックなりに自分の関わりが大きいほど、冷静になるのが難しいのが人間です。逆に言えば、利害関係のない第三者としてならば、冷静になるのがずっと簡単です。今更言うまでもないことですが、だからファシリテーターやコンサルタントは外部者のほうがいいわけです。
とはいえ、赤の他人相手に事実質問の練習をするのは、勇気がいります。初めの頃はどうしても身近な人相手に場数を踏む必要に迫られます。あるいは、身近な人の課題だからこそ、メタファシリテーションを使うことで解決を手助けしたいと願うのは当然のことです。
ですから、家族や親しい友人を相手にする場合には、まず自分が冷静になれるかどうかを自分自身に聞いてみて、感情を押さえられそうにないのであれば、場を改めて仕切り直したほうがいいわけです。そして、こういう態度が取れるためには、普段から自己モニタリングの癖をつけておく必要があります。メタファシリテーションの手法では、そのためには、私が今しようとしている質問は、相手の思い込みを誘発するようなものではないだろうか、つまり事実を聞く質問だろうか、と自分に常に問いかける癖をつけることで、自己モニタリングの姿勢が身に付くと教えています。
でも、それと同時に、自分は今感情的になっていないだろうか、あるいはこのまま行くと感情を抑えられなくなるのではないか、と自らに問いかけるのもとても大切なことです。本当はその判断も、自分がしている質問をよく観察することで可能になる、つまり感情的になっていれば事実質問の質が落ちるのですが、すでに感情的になっていたなら、そもそも冷静な判断ができるはずがありません。

事実質問云々に関わらず、いかに冷静に自分自身を観ることができるかが対人関係の鍵となるということです。当たり前だけど最も大切なこのことに、改めて気付かせてくれたその人に心から感謝しています。


イランで農民相手にインタビューする中田。こんな時はとても冷静になれるのですが…。


(代表理事 中田